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7月11日(月)毎朝のお経と法話の会 (正信偈)

正信偈唱和


歎異抄


歎異抄・第二条

一 おのおの十余か国のさかいをこえて、身命をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御こころざし、ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておわしましてはんべらんは、おおきなるあやまりなり。もししからば、南都北嶺にも、ゆゆしき学生たちおおく座せられてそうろうなれば、かのひとにもあいたてまつりて、往生の要よくよくきかるべきなり。親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。そのゆえは、自余の行もはげみて、仏になるべかりける身が、念仏をもうして、地獄にもおちてそうらわばこそ、すかされたてまつりて、という後悔もそうらわめ。いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈、虚言したまうべからず。善導の御釈まことならば、法然のおおせそらごとならんや。法然のおおせまことならば、親鸞がもうすむね、またもって、むなしかるべからずそうろうか。詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなりと云々

本日の歎異抄・第二条 講義文

たとえば、交通事故。一家の大黒柱のお父さんが交通事故で死んで家族が潰されたとか、子どもが学校帰りに車に轢かれて事故に遭ったとか。それから、サラ金地獄、ローン地獄、倒産地獄など多々あります。幼稚園から受験がありあます。針の山に追い立てられはしないけれども、精神的に圧迫を加えられることがあるでしょう。針の筳という、針の上に座っているような居たたまれないような気持ちになることがあります。それが家の中でも、あるいは地域の中でも、そのようなことがあると思います。押し潰されるような仕事とか、束縛されて押さえつけられる地獄です。地獄の絵というのは、本当はこの世の在り方を示しているのだろうと私を思います。

(地獄の底を照らす阿弥陀仏の光明 57頁11行目~57頁17行目)

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