正信偈唱和
歎異抄
歎異抄・第二条
一 念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々
九
本日の歎異抄・第八条 講義文
この親鸞聖人の言葉は、何か理由があって出てきたものであろうと思います。この言葉が出る前に話し合いというか、何かの状況が前もってあったのだと思うのです。『歎異抄』第六条は、「専修念仏のともがらの、わが弟子ひとの弟子、という相論のそうろうらんこと、もってのほかの相論なり」という言葉から始まりますけれども、それは、わが弟子、他人の弟子という争いが、専修念仏の人の中にあったからこそ、親鸞聖人がそれはもってのほかのことであるといわれたのでしょう。
(念仏は行者のために、非行非善なり 207頁9行目~207頁13行目)