正信偈唱和
歎異抄
歎異抄・第八条
一 念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々
本日の歎異抄・第八条 講義文
『歎異抄』第八条に戻りますと、おわりに「ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なり」とあります。「ひとえに他力にして」というのは、如来誓願のはたらきということです。他力というのは、他人の力ということではありません。自力の他のはたらきです。では自力というのは何かというのは何かというと、わがはからいが自力です。自分の力というだけの話ではありません。わがはからいというのが自力なのです。わがはからいの他の働き、自我の思いの他のはたらき。自我の思いというのは、たくさんあります。気分とか機嫌が悪いとか良いとか、そういう心も、もとは自我のはからいです。自我のはからいの他のはたらきというのが他力です。
(ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに 221頁12行目~222頁2行目)