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9月19日(火)毎朝のお経と法話の会

歎異抄


歎異抄・第六条

一 専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論の 候ふらんこと、もつてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず 候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はば こそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し 候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。つ くべき縁あればともなひ、はなるべき縁あればはなるることのある をも、師をそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざる ものなりなんどといふこと、不可説なり。如来よりたまはりたる信 心を、わがものがほに、とりかへさんと申すにや。かへすがへすも あるべからざることなり。自然のことわりにあひかなはば、仏恩を もしり、また師の恩をもしるべきなりと云々。

本日の歎異抄・第六条 講義文
そこで親鸞聖人は、引き下がればいいものを、法然上人の智慧や才覚が大変ご立派なのに、私の智慧や才覚と同じだというのであれば、それは間違いでしょう、しかし往生の信心においては、まったく異なることはありません、一つですといったというのです。頭の良し悪しということではないのです。このたび往生できるか、できないかの、ご信心のことに関しては同じなのですといわれたのです。そうすると先輩方は、ますます怒った。それで、揃って法然上人の前に行きまして、事情を説明して、法然上人に答えを求めました。そのときの法然上人の言葉が、
源空が信心も、如来よりたまわりたる信心なり。善信房の信心も如来よりたまわらせたまいたる信心なり。されば、ただひとつなり。(真宗聖典六三九頁)
というものだったわけです。法然上人は、お弟子の善信の信心に対して「たまわらせたまいたる信心なり」と尊敬語でおっしゃられます。如来よりいただいた信心だからこそ、同じ信心である。別の信心の人は、源空の参るお浄土へは参ることができないであろうといわれるわけです。如来から直接にいただいた信心だから同じだと、法然上人はいわれる。このときに親鸞聖人は法然上人の真の人格に触れたのではないかなと思います。私が賢くて信じるわけではないのです。

(如来よりたまわりたる信心 163頁後1行目~164頁後8行目)

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