【本文】 『歎異抄』 -第七条-
一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【解説】 法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著
良いことと思ってやってけれども、悪いことになってしまう。たとえば、子どもが可愛いので、子どもにとって良いことをたくさんしてあげる、何かが欲しいといったらすぐに与え、どこかへ行きたいといったら、すぐ連れて行ってあげる。そして、これだけ子どもを可愛がっているのだから、きっと良い子になるのだろうと思ったら、決してそうではない。わがままで、いじわるな子どもになってしまうことがある。良いことをしたはずなのに、悪い結果へとつながってしまうということがあります。
(人間万事寒翁が馬 177頁9行目~13行目)