【本文】 『歎異抄』 -第七条-
一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【解説】 法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著
「この大学は勉強する場所である。遊ぶことを考えてはいけない。みなさんは青春時代をかけて勉強し、この大学に入って来たわけであるし、学費もかかったであろう。だから、遊ばずに勉強しなければならない。しかし、どうしても怠けて遊ぼうとするのならば、留年ということを考えてもらわないといけない。ただし、私も留年した身である。留年したおかげで、一年下の学年の友だちができた。同学年の友だちがいるが、一年下の友だちも出来て、友だちが二倍になった。この友だちが大変よかった。その友だちのおかげで今日の私がある」
と学長はこのような話をしました。留年するなといっておきながら、留年したら良いことがあったといっているわけです。面白い学長だということで、人気が出たそうです。
(人間万事寒翁が馬 178頁14行目~179頁2行目)