【本文】 『歎異抄』 -第七条-
一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【解説】 法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著
もともとは、自然のはたらきに対する畏敬の念から神さまをいうようになったと思います。お日さまが光を与え、熱を与えてくださることに対して、天照大神と名づけて尊敬、感謝したいわけです。実りの神さまとして、五穀豊穣の神さまなど、多くの神さまがあります。
(金剛心と柔軟心 183頁12行目~183頁14行目)