【本文】 『歎異抄』 -第七条-
一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【解説】 法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著
そして、「魔界・外道も障碍することなし」とあります。「障碍」の「障」は障り、「碍」も、妨げる。「碍」も、妨げる。「障」も「碍」も同じような意味です。たとえば、道を歩いて行きたいときに、ここは通さない、通せんぼというと、これは「障碍」されたということになります。健康になってあれをしたいと思っても、病気になってそのことができないようになってしまうということがある。あるいは、好きな人と一緒になりたかったのに、いろいろ事情によって一緒になれずに泣く泣く別れたといった場合がある。それで、その妨げをなすものが、「魔界・外道」の妨げといわれてきたわけです。
(魔界・外道も障碍することなし 185頁14行目~186頁4行目)