【本文】『歎異抄』 -第七条-
一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【解説】 法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著
「魔界・外道」とか「天神・地祇」というのは、これは原始時代というか、未開文明において言われたことだけれども、現代社会においては、こういうのは話にならないという解説をする人がいますが、実際には昼間でも明かりがつくような明るい世の中になっていますが、しかしながら人の心の闇と言うのは、ますます深いのです。あちこちにどんどんと霊信仰の宗教団体とか、宗教の名を借りて、人を心配させてお金を巻き上げるというものが流行っています。人の迷いは現代は、ますます深いということだと思います。
悪魔は、さとりを妨げる、人のいのちを奪っていく、そういうのが悪魔ですが、その悪魔も信者の行者に対しては妨げをなすことはできませんと説かれているのです。
(降魔 190頁17行目~191頁5行目)