【本文】『歎異抄』 -第七条-
一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【解説】 法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著
好きな人が作ってくれたものがなら、「ああおいしいおいしい」と喜ぶ。ところが、同じ味付けでも、嫌いな人が作ると、「こんなもの食べたくないか」という気持ちが起こる。これも我執です。同じ話であっても、それを「はい」と聞けるのと、「そうじゃない」「いやだ」という気持ちになるときがある。これも我執であによるわけなのです。同じ話でも、それから同じ食べものでも、自分の気持ちの在り方によって味わいが違うし、「なるほど」といかないときが出てくる。これはすべて、我執のはたらきによるものです。こういう我執に固執するというのが外道なのです。
(我執にとらわれる外道の教え 191頁14行目~192頁4行目)