【本文】『歎異抄』 -第七条-
一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【解説】 法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著
それでは仏教はどのような道かというと、「内道」といいます。仏教以外の宗教を外道であるというのは、非常におおざっぱすぎると思います。中身のほうから考えると、我執をよりどころとする教えというのは、我執自体がわからないために、何でも人のせいにしてしまう。外側に理屈をつけて、あの人がこうだからこうなった、だから私は悪くないと考えてしまう。すべてを、人のせいに、社会のせい、時代のせいというように、外に向けてものを見る考え方というのが外道だということです。それに対して、内道は何かというと、これは自分自身に理由を求めていって、自分自身の在り方というのを教えていただく。そういう考えというか、心の動きのことを内道というのです。
(降魔 192頁5行目~192頁11行目)