歎異抄
歎異抄講義(上)・本文
次に、「諸善もおよぶことなきゆえに」とあります。「諸善」は、もろもろの善根・善行です。現在およぶ未来に幸福をもたらすのが善です。善といわれることは、たくさんあります。親孝行とか、約束を守るとか、困った人に手を添えて手助けするとか、また庭の掃除、玄関先の掃除。公園や神社や寺院、あるいは駅や公共の施設を黙って掃除する。人に誉められまいと関係ない、そういう奉仕藻、やはり善いことでしょう。そのように善いことをすることによって幸せがもたらされるという。そうすると、「あの人は偉い人だなあ、善い人だなあ」と、人が見るようになります。
あるいは正直ということがあります。正直者の話は、たくさんあります。「舌切り雀」には、正直じいさんが、「お土産をあげましょう。大きいつづらがいいですか、小さいつづらがいいですか」といわれて、「私は小さいのがいいです」と、小さいのをもらったら、その中には宝物がいっぱい入っていた。欲張りばあさんは「私は大きいほうをください」といって、大きいほうをもらって開けてみたら、汚いものや化け物が出てきた。
この話は、何をいっているかというと、正直と少欲知足ということを教えています。少欲知足というのは、欲張らない、足るを知るということが大変よいことなのだよということです。「私は小さいほうがいいです」というのが少欲知足です。「舌切り雀」のおじいさんは、少足知足で宝物をいっぱい手に入れました。欲張らないということが善いことです。それだから幸せになりました。
(諸善もおよぶことなきゆえに 200頁14行目~~201頁12行目)