正信偈唱和
歎異抄
歎異抄・第八条
一 念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々
九
本日の歎異抄・第八条 講義文
正月3か日に大きな神社に行くと、賽銭箱のまわりに白い布が敷かれています。賽銭箱だけでは足りないからです。白い布で集めた賽銭を数えます。数える機会があるのです。塵も積もれば山となる、大変なお金が動くのでしょう。その目的は、除災招福です。
こういうわがままの気持ちと、お念仏が一緒になっているのではないでしょうか。そのことが問わかられているのです。わがままな心から念仏もうすのとは違うのですというのが、親鸞聖人の説かれることです。しかし、なんだか当たり前だという気持ちが、心の底にあるからなのでしょう。
(除災招福を祈るわがままな心 210頁8行目~210頁14行目)