正信偈唱和
歎異抄
歎異抄・第八条
一 念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々
本日の歎異抄・第八条 講義文
「念仏は行者のために非行非善なり」という言葉を聞けば、わがままのために念仏していませんか、わがままな根性を持って生きていませんかという問いが聞こえてくる。わがままな気持ちがいけないといって、わがままな気持ちをなくすことができますか。ないふりはできても、わがままな気持ちをなくすことはできません。そのような我われは、わがままから離れることができない自分ですとうことを、しっかりと知る、知らせていただくということが大事なのです。
(念仏は鏡である 215頁10行目~215頁14行目)