正信偈唱和
歎異抄
歎異抄・第八条
一 念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々
本日の歎異抄・第八条 講義文
先日、義理の伯母が亡くなりました。明治二十八年の生まれで、百四歳で亡くなりました。その伯母は、とにかくお念仏の人でした。「ナンマンダー、ナンマンダー」と、お念仏を称える人でした。その伯母の親も念仏者でしたし、連れ合いの伯父も念仏者でした。「ナンマンダー、ナンマンダー」と、あんまりお念仏を称えるものですから、曾孫が、「婆ちゃん、どうしてナンマンダー、ナンマンダーっていうの」と聞いたのだそうです。そうしたら、「お礼の気持ちだよ」といっていた。それを、このあいだ、お葬式のときに聞きました。本当に、親鸞聖人のお念仏をちゃんといただき、伝えられた人だな思いました。
(人間のはからいを超えた真実の功徳 226頁5行目~226頁15行目)。