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7月21日(金)毎朝のお経と法話の会

正信偈唱和


歎異抄


歎異抄・第九条

一 「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこ

ころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬ

は、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」と、もうしいれてそうらい

しかば、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よく

よく案じみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬ

にて、いよいよ往生は一定とおもいたまうべきなり。よろこぶべきこころをおさ

えて、よろこばせざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩

悩具足の凡夫とおおせられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときのわれ

らがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。また浄土へい

そぎまいりたきこころのなくて、いささか所労のこともあれば、死なんずるやら

んとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。久遠劫よりいままで流転せ

る苦悩の旧里はすてがたく、いまだうまれざる安養の浄土はこいしからずそうろ

うこと、まことに、よくよく煩悩の興盛にそうろうにこそ。なごりおしくおもえ

ども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきな

り。いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあわれみたまうなり。これにつ

けてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じそうらえ。踊躍歓

喜のこころもあり、いそぎ浄土へもまいりたくそうらわんには、煩悩のなきやら

んと、あやしくそうらいなまし」と云々

本日の歎異抄・第九条 講義文

念仏もうしそうらえども
第九条は、お念仏もうすということから問題が出される条です。ここに出てい

るような親鸞聖人のお言葉は、『歎異抄』のおかげで私たちが身近に接すること

ができる言葉です。親鸞聖人とはこういう人だったのかということや、このよう

に若者をお育てくださったのかということが窺えると思います。
最初に、
「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと、またい

そぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそ

うろうやらん」と、もうしいれてそうらいしかば、(真宗聖典六二九頁)
とありますが、誰がもうしいれたのか、ここではまだすぐにはわかりません。続

けて読んでいくと「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけ

り」とありますから、「念仏もうしそうらえども」という言葉は、唯円という人

の言葉だとわかるわけです。それで、唯円の質問に対して、親鸞聖人が答えられ

た言葉が、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり」、

それからその後「よくよく案じみれば」からずっと最後の「あやしくそうらいな

まし」まで、ここまでが親鸞聖人の答えの言葉です。

(念仏もうしそうらえども 232頁1行目~232頁後5行目)

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