歎異抄
歎異抄・第六条
一 専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論の 候ふらんこと、もつてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず 候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はば こそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し 候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。つ くべき縁あればともなひ、はなるべき縁あればはなるることのある をも、師をそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざる ものなりなんどといふこと、不可説なり。如来よりたまはりたる信 心を、わがものがほに、とりかへさんと申すにや。かへすがへすも あるべからざることなり。自然のことわりにあひかなはば、仏恩を もしり、また師の恩をもしるべきなりと云々。
本日の歎異抄・第六条 講義文
顕智は親鸞聖人の弟子で、親鸞聖人のおっしゃっていたことを、書き写したというのです。「正嘉二歳」というのは、親鸞聖人が八十六歳のときです。「善法坊僧都御坊」というのは、三条富小路にあった御坊に親鸞聖人がしばらくのあいだ住んでいたのですが、その場所に訪ねて顕智が書きましたというものです。これは専修寺に顕智筆の一通が所蔵されています。
(自然のことわりにあいかなわば 167頁7行目~167頁10行目)