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10月11日(水)毎朝のお経と法話の会

歎異抄


歎異抄・第六条

一 専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論の 候ふらんこと、もつてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず 候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はば こそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し 候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。つ くべき縁あればともなひ、はなるべき縁あればはなるることのある をも、師をそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざる ものなりなんどといふこと、不可説なり。如来よりたまはりたる信 心を、わがものがほに、とりかへさんと申すにや。かへすがへすも あるべからざることなり。自然のことわりにあひかなはば、仏恩を もしり、また師の恩をもしるべきなりと云々。

本日の歎異抄・第六条 講義文
このような情性が、わが計らい、自我の思いによって失われていくのです。先ほどいった、「一寸の虫にも五分の魂」という情は、わが計らいで勝手に何でもしていいという思いに対して、それで本当に良いのかと問いかけるはたらきがあるわけです。まして人間同士、お互いになぜ、自分の都合だけで、やりたいようにやりあうのか。

(仏恩をしる 170頁後8行目~170頁後6行目)

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