【本文】『歎異抄』 -第七条-
一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【解説】法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著
「三つには魔羅鬼なり」。魔羅というのは、男性の性器のことです。性器のことを魔羅と、隠語みたいにいわれたりしますが、元は仏教用語です。そして、欲望の一番の象徴、一番具体的なもの,それが性器です。ですから、魔羅というのは、性欲の象徴ということになります。坐禅を組んでいても、そのあいだに欲望が起こってくる。性欲が起こってくると、修行が出来なくなってしまう。だから、その正体をきちんと見つめなければいけないということを、『魔訶止観』には書いてあるわけなのです。
また、源信僧都の『往生要集』には、
魔は煩悩に依って菩提を妨ぐるなり。鬼は病悪を起こす、命根を奪う。(真宗聖典三九八頁)
と言われています。菩提というのはさとりですから、さとりを妨げる。さとることを妨げるはたらきをするのが、悪魔であるということです。
(魔界・外道も障碍することなし 187頁12行目~188頁2行目)