正信偈唱和
曽我量深先生の言葉拝読及び僧侶法話
曽我量深先生の言葉
信心の業識とは信心のたましい、自分自身ということでしょう。お念佛は親、信心は自分自身。お念佛の父と光明の母というものがあって信心の自分自身があるのであるが―父と母とがあって自分が生まれたと、一応こういうのだが、自分自身というものは父と母に生んでもらう以前からある。たましいは久遠劫の昔からある。からだは生まれて年をとって死ぬということがあるが、たましいは七十歳になり八十歳になり年をとってということはない。
(『親鸞との会話』五三頁―五五頁)