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11月22日(日)毎朝のお経と法話の会

正信偈唱和


歎異抄講義(上)拝読及び僧侶法話


歎異抄講義(上)・本文

その耳四郎が、縁の下にいて、法然上人のお話を聞くわけです。しかし、初めのうちは、「自分などが助かるわけがない」と思っている。今までどれだけ人を殺して悪いことをやってきたか、この自分が助かるわけがない。いくら坊さんがありがたい話をしても、助かるわけがないと、腹を決めていたのです。

しかし、法然上人のご説法が、縁の下にいても聞こえてくる。どれほど罪を犯していても、「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」、これが阿弥陀仏の本意、真の仏教です。罪を犯したその辛さ、悲しさ、それは阿弥陀仏が一番ご存知だ。その阿弥陀仏が、ただ念仏をもってあなたを救うと誓われたのだという話を繰り返し巻き返し何度も聞いて、とうとう、それは「俺のことか」と感じて大声で泣き始めたというのです。縁の下から泣き声が聞こえてきた。どれどれ床板を開けたら、男が出て来た。

「法然上人、お願いです。私は悪事を数限りなく犯してきました。この耳四郎が助かりますか」と。それで耳四郎もお弟子になったというのです。

「罪悪も業報を感ずることあたわず」と。これは、悪用される危険性もあるわけです。それでは、いくらでも悪いことをしてもいいのかと、悪く捉える人がいますが、そういう趣旨ではありません。わざと悪いことをしても、その報いはないからといっているのではないのです。罪悪を犯してしまったものの救いということを示しているのです。これからどんどん悪いことをしなさいと、悪事を勧めているわけではありません。

「罪悪も業報を感ずることあたはず」とは、「ただ念仏してたすけられまいらすべし」というのであって、みな平等に救われるということです。男も女も金持ちも貧しい人も、いかなる職業の人も、いかなる職業の人も必ず救われる。それが阿弥陀仏の本願であり、その願いの証しが、この南無阿弥陀仏にある。男も女も金持ちも貧しい人も、いかなる職業の人も必ず仏にするという願いが南無阿弥陀仏なのだということを繰り返し繰り返し教えていただいていく道が、「無碍の一道」ということになのです。どんな行いも、必ず救われる。こういうことを思い切っていってくださったおかげで、私たちも、かろうじて救いの道、仏になる道をたどることができるのです。

(罪悪も業報を感ずることあたわず 199頁12行目~200頁13行目)

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