正信偈唱和
歎異抄講義(上)拝読及び僧侶法話
歎異抄・前序
竊かに愚案を回らしてほぼ古今を勘ふるに、先師の口伝の真信に異なることを歎き、後学相続の疑惑有ることを思ふに、幸ひに有縁の知識によらずんば、いかでか易行の一門に入る
ことを得んや。まつたく自見の覚悟をもって他力の宗旨を乱ることなかれ。よって故親鸞聖人の御物語の趣、耳の底に留むるところいささかこれをしるす。ひとへに同心行者の不審を散ぜんがためなりと云々。
本日の歎異抄・前序 講義文
「易行の一門」という、この「一門」は、唯一の教えということです。これは「ただ念仏」の教えを指します。『歎異抄』第二条の「ただ念仏して、弥陀にたすけられますべし」(真宗聖典六二七頁)という教えが、「易行の一門」です。お念仏は、行じ易いのです。つまり、いつでも、どこでも、誰でもできるというのが易行です。
(有縁の知識 6頁3行目~6頁10行目)