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3月16日(水)毎朝のお経と法話の会

正信偈唱和


歎異抄を読む-歎異抄講義3月16日水曜日


歎異抄・第一条

一 弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。弥陀の本願には老少善悪のひとをえらばれず。ただ信心を要とすとしるべし。そのゆえは、罪悪深重煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえにと云々

本日の歎異抄・第一条 講義文

では、その本願は、どのように説かれているのでしょうか。

『無量寿経』の内容をたずねてみましょう。阿弥陀仏は、もとは国王でした。国のあらゆる権力を握るのが国王ですけれども、その国王が仏教の話を聞いて、「ああ、この世にもっと、本当に自由な、本当に喜びをもって生きていける道があったのか」と感じて、国を棄て、王の位や財産やすべて捨てて、仏弟子になったというのです。その仏弟子になったときの名前が、法蔵菩薩です。法蔵というと、『正信偈』の「帰命無量寿如来、南無不可思議光」の次に「法蔵菩薩因位時」とあります。法蔵菩薩の先生は、世自在王仏です。

世自在王仏というのは、何を示すかというと、自由自在ということです。この世において自由自在な存在である。これは大変に重要な名であると思います。国の人民に対し生殺与奪の権を握り、国の財産すべては自分のものだという、強い力をもっているものが国王です。その王も、仏の自由自在の前ではまったく不自由である。本当の自由というものは、仏にある。そういうことが世自在王仏という名前に示されているわけです。

(法蔵菩薩と世自在王仏の出遇い 15頁12行目~16頁6行目)

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