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10月19日(木)毎朝のお経と法話の会

歎異抄


歎異抄・第六条

一 専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論の 候ふらんこと、もつてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず 候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はば こそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し 候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。つ くべき縁あればともなひ、はなるべき縁あればはなるることのある をも、師をそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざる ものなりなんどといふこと、不可説なり。如来よりたまはりたる信 心を、わがものがほに、とりかへさんと申すにや。かへすがへすも あるべからざることなり。自然のことわりにあひかなはば、仏恩を もしり、また師の恩をもしるべきなりと云々。

本日の歎異抄・第六条 講義文
親鸞聖人には、たくさんの教え子がおられたはずですが、「親鸞は弟子一人ももたずそうろう」とはっきりといい切られました。念仏は「ひとえに弥陀の御もよおしにあずかって」もうすのであり、信心は「如来よりたまわりたる信心」であるからです。また、人間の関係は、つくべき縁があればともない、離れるべき縁があれば、離れることがあるものなのです。それなのに、師に背いて、他の人につき随って念仏すれば、往生はできないぞといって、人を束縛し所有化する。そのようなカルト的主張を厳しく戒められたのがこの言葉です。ここに御同朋の精神躍如たるものがあります。まことに、この条は、人間教育の基本精神を示されたものです。

(仏恩をしる 172頁後6行目~172頁11行目)

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