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10月22日(日)毎朝のお経と法話の会

歎異抄


歎異抄・第九条

一 「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」と、もうしいれてそうらいしかば、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よくよく案じみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもいたまうべきなり。よろこぶべきこころをおさえて、よろこばせざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫とおおせられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときのわれらがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。また浄土へいそぎまいりたきこころのなくて、いささか所労のこともあれば、死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだうまれざる安養の浄土はこいしからずそうろうこと、まことに、よくよく煩悩の興盛にそうろうにこそ。なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきなり。いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあわれみたまうなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じそうらえ。踊躍歓喜のこころもあり、いそぎ浄土へもまいりたくそうらわんには、煩悩のなきやらんと、あやしくそうらいなまし」と云々

本日の歎異抄・第九条 講義文
次の「往生は決定と存じそうらえ」というのは、往生はもう阿弥陀仏のほうから定めてくださっているということです。私たちの個人的な能力の有る無しは、一切関係ない。阿弥陀仏のほうから往生を定めてくださっている。これが本当の平等ということです。
人によっては、そういう何でも平等というのは悪平等じゃないですかと批判をされるかもしれません。しかしながら、そうではありません。まことの道理ということからいうと、平等に仏さまのお慈悲がかけられている、その事実に目を覚ますというのが大事なのだということです。大悲大願を頼もしく感じられるのは誰かというと、お念仏しても喜べない、お浄土に往きたいとも思わない、そういう反逆の根性を持っていた自分だったと感じる人です。そういう人にとってこそ、本当に大悲大願は頼もしいと感じられるのです。

(往生は決定と存じそうらえ 257頁3行目~257頁10行目)

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