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7月25日

【本文】 『歎異抄』- 第七条 -

一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々

 

【解説】 法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著

「十方無碍人、一道より生死を出でたまえり」とある道は、無碍道だということです。では「無碍」とは何かということです。『浄土論註』に、

  「無碍」は、いわく、生死すなわちこれ涅槃なりと知るなり。

(「行巻」真宗聖典一九四頁)

とあります。これは『正信偈』の中に、

  惑染の凡夫、信心発すれば、生死即涅槃なりと証知せしむ。

(「行巻」真宗聖典二〇六頁)

とあります。「惑染凡夫信心発」というのは、迷いに迷っている凡夫が信心を発せばということです。そして「証知生死即涅槃」というのは、生死即涅槃だということが明らかにされるのだということです。「生死即涅槃」が、「無碍」ということです。「生死」は迷いです。「涅槃」はさとりです。つまり、迷いがそのままさとりだということに気づくこと、それが「無碍」ということです。

(無碍の一道なり 176頁8行目~176頁16行目)

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