曽我量深先生の言葉
つまり、南無阿弥陀仏が一つの自覚というものに到着した時に、親を見出す。親を見出して、その親の前に、「汝」といわれたんですね。今までただ「我」というておった者が、親の前に「親鸞」と名告ることが出来た。親鸞と名告ることが出来たというのがすなわち本願成就である。親の方から言えば、親が子を産んだ。子を見出し、子を産んで、自分が親たることを自覚した。こういうのでありましょう。だから本願成就ということは一が二を生じ、一願が二願が一願を成就した。
(『曽我量深先生講話集』第一巻・一三三頁)