正信偈唱和
歎異抄を読む-歎異抄講義3月19日土曜日
歎異抄講義(上)・本文
それから『魔訶止観』という天台宗の根本のお聖教ですが、『魔訶止観』に魔事鏡ということが書いてある。
魔の発相を明かすには、管属に通じてみな称して魔とす。細しく枝異を尋ぬれば三種を出でず。一つには慢悵鬼、二つには時媚鬼、三つには魔羅鬼なり。三種の発想、おのおの不同なり、と。(真宗聖典三九七~三九八頁)
これはどういうことをいっているのかというと、悪魔がはたらきをなすには、悪魔の親分も悪魔の親分も悪魔の家来たちも、みんな同じく魔だということ、それを詳しく尋ねると、三種の鬼がいるというのです。
「一つには慢悵鬼」、慢悵鬼というのは、威張るということです。威張る根性です。それを、悪魔の姿、鬼の姿で表わせているわけです。
それから時媚鬼というのがあります。人を惑わす鬼です。天台宗の修行の中で、悪魔の出て来る時間、その時間に出てくる悪魔を、時媚鬼といったわけです。悪魔が出てくる時間というのは、だいたいどんな時間というと、昼間はあまり出てきません。草木も眠る丑三つ時、つまり夜中の午前二時から三時です。そのころ現れて、それでお日さまが昇るころには帰っていくというのです。それで、お日さまが昇る直前にぶらぶら歩くと悪魔に出会うというような言い伝えができたのです。
(186頁12行目~187頁6行目)