正信偈唱和
歎異抄
歎異抄・第四条
一 慈悲に聖道・浄土のかわりめあり。聖道の慈悲というは、ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし。浄土の慈悲というは、念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもって、おもうがごとく衆生を利益するをいうべきなり。今生に、いかに、いとおし不便とおもうとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。しかれば、念仏もうすのみぞ、すえとおりたる大慈悲心にてそうろうべきと云々
本日の歎異抄・第四条 講義文
それで、私は、慈悲という言葉は大変に大事な、いい言葉なのですけれども、さらにもう一つ、現代に慈悲とは何ですかといったときには、「まことの愛」と思い切っていわせていただきたいと思うわけです。どうしてかというと、テレビをつければ、「愛してる」「あなたは愛してないの」「いや、愛してるよ」と、ずいぶん愛という言葉が出て来ているようです。「愛してる」という言葉は、あまり使わなかった言葉です。英語のアイラブユーを訳すのに、愛してるというようになったのでしょう。それが、現代の若者、大学生や高校生になると、もう愛というのは当たり前の用語になっています。そういう中で、「仏教は愛といいません、慈悲といいます」といっていても、駄目だと思います。それで、愛というのなら、愛だけれでも、まことの愛だと、ここに「まこと」と入れておくことが大事です。渇愛とは違う、真実の愛です。
(慈悲とはまことの愛 97頁6行目~97頁13行目)