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9月3日(日)毎朝のお経と法話の会

歎異抄


歎異抄・第九条

一 「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこ
ころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬ
は、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」と、もうしいれてそうらい
しかば、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よく
よく案じみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬ
にて、いよいよ往生は一定とおもいたまうべきなり。よろこぶべきこころをおさ
えて、よろこばせざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩
悩具足の凡夫とおおせられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときのわれ
らがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。また浄土へい
そぎまいりたきこころのなくて、いささか所労のこともあれば、死なんずるやら
んとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。久遠劫よりいままで流転せ
る苦悩の旧里はすてがたく、いまだうまれざる安養の浄土はこいしからずそうろ
うこと、まことに、よくよく煩悩の興盛にそうろうにこそ。なごりおしくおもえ
ども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきな
り。いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあわれみたまうなり。これにつ
けてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じそうらえ。踊躍歓
喜のこころもあり、いそぎ浄土へもまいりたくそうらわんには、煩悩のなきやら
んと、あやしくそうらいなまし」と云々

本日の歎異抄・第九条 講義文
また、大悲というのは、小さい悲に対するものです。小さい悲というのは、私た
ちが持っている思いやりです。家族とか身内とか、あるいは兄弟、縁故がある同
じ土地の仲間とか、職業が一緒とかです。そういう、仲間に対する思いやりとい
うのを、私たちは持つことがある。しかし関係ない人には向けられません。それ
とは違って、大悲は大きくて広くて、果てしがない。だから関係のない人に対し
ても、思いやりの心を持つ。さらには、背く人に対しても、この大悲は向けられ
る。そういうことで大悲といわれるのです。そのような他力の悲願が、私たちの
ためだったのだと知られるというのです。「知られて」というのは「ああ、そう
だ」と気づくということです。

(たのもしく感じる 249頁後1行目~250頁5行目)

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