曽我量深先生の言葉
ただ本願だけでは自分の位が「不定聚」でしょう。そうですよ。本願が成就するというと「正定聚」になる。だから因の本願の位では正定聚ということはありません。だから法然上人では、正定聚は未来である。しかるに御開山聖人は現在した。正定聚が現在したということは、これはいわゆる時節到来―時節というのは未来から来る、時節というものは未来が現在して来る、過去だけ見ていても本願は成就しません。過去は有であれば未来は無ですよ。その無から出て来るのですよ。だいたい佛様というのは無の世界に居ります。無から出て来るのですよ。現在は過去からだけ出て来るのではありません、過去の上に未来というものが付け加わって、始めて現在というものはあるのであって、いつまでも、過去、過去ではない。現在というものは本願成就の現在というのは、未来が開いて来る。こういうことが大切なことであります。
(『曽我量深先生講話集』第一巻・一三三頁)