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9月29日(火)毎朝のお経と法話の会

曽我量深先生の言葉

南無―衆生の宿業というものをそこに見出して佛は驚いた。佛が現実の衆生というものを見出した。その中の驚き、尊い衆生であると。佛はけっして卑しい衆生だとおっしゃらぬ。法蔵菩薩は煩悩悪業に悩んでいる衆生を見出された。煩悩悪業に悩んでいるというのも佛がいわれるので、われわれは煩悩悪業に悩んでいる衆生を見出された。煩悩悪業に悩んでいるというのも佛がいわれるので、われわれは煩悩悪業に悩んでおらない。

われわれは宿業を知らず、したがって宿業のために苦しんでもいない。佛からみるとわれわれは宿業のために苦悩している。それをご覧になって衆生は気の毒なものであると、また尊いものであるとご覧になっておられる。けっして佛は、衆生という虫けらのような奴だとは思っておられない。宿業に悩まされている衆生、その宿業に悩んでいるということは尊い。それを知らないからその尊さというものを知らない。だから衆生はかえって自分自身を卑しめている。煩悩悪業も知らず、宿業も知らないでただうろうろしている。

そういうものを佛はご覧になって、衆生は尊い。私と同じものであるとご覧になった。衆生と佛とは別のものであるとはご覧にならない。衆生は宿業に苦しめられているということを知らない。私からみれば衆生は宿業に苦しめられている。衆生は私と同じ仲間である。衆生は宿業に苦しめられていることは尊い。また気の毒である。その気の毒なものをかまわずに放っておけないというて起き上がってこられたのが南無阿弥陀仏である。

(『本願に救われていく』二一二頁)

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