曽我量深先生の言葉
阿弥陀如来の本願を深く信ずるということになると、ただ本願を信ずるということではなしに本願を信ずる自分自身というものを顧みる。それを機の深信という。信ずる心というものである。
これは蓮如上人でもそうでございまするが、概して機の深信は軽く扱われている。法を深く信ずるというための機の深信だから、先ずもって「わが身は悪きいたづらもの」だ、と。善導大師のお言葉にすれば
自身は是れ現に罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた常に没し常に流転して出離の縁あることなしと深く信ず。
こういうように善導大師は仰せられております。
(『曽我量深先生講話集』第五巻・二六五-二六六頁)