正信偈唱和
歎異抄を読む-歎異抄講義3月7日月曜日
歎異抄・前序
竊かに愚案を回らしてほぼ古今を勘ふるに、先師の口伝の真信に異なることを歎き、後学相続の疑惑有ることを思ふに、幸ひに有縁の知識によらずんば、いかでか易行の一門に入る
ことを得んや。まつたく自見の覚悟をもって他力の宗旨を乱ることなかれ。よって故親鸞聖人の御物語の趣、耳の底に留むるところいささかこれをしるす。ひとへに同心行者の不審を散ぜんがためなりと云々。
本日の歎異抄・前序 講義文
作者唯円は、今は亡き師、親鸞聖人の明らかにされた浄土真宗の法の師にぬかずいて、師が生きておられた昔と滅後二十数年たった今の状況を考えています。唯円の心にあるものは、親鸞聖人の教え子の中に、「先師の口伝の真信に異なること」が行われていることへの歎きと、後に続いて学ぶ人びととの疑い惑いがあることを何とかしたいということでした。まことに、真の師である。「よき人」との出遇いがなければ真実の救いの門に入ることはできなかったのです。ゆえに、ご入滅二十年たった今もなお決して忘れることのできない親鸞聖人のお言葉を、唯円は記していきます。それはただ、心を同じくする同門の人びととの疑問を解消したいためだったのです。
(有縁の知識 11頁1行目~11頁6行目)