正信偈唱和
歎異抄を読む-歎異抄講義3月11日金曜日
歎異抄・第一条
一 弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。弥陀の本願には老少善悪のひとをえらばれず。ただ信心を要とすとしるべし。そのゆえは、罪悪深重煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえにと云々
本日の歎異抄・第一条 講義文
慈悲について、曇鸞大師の『浄土論註』には
苦を抜くを慈と日う。楽を与えるを悲と日う。
という解説があります。慈しみ憐み悲しむ心というのは、相手の苦しみを抜き、真の楽しみ、喜びを与えようとする心だといわれるのです。そういう心が慈悲です。
「憐み、悲しみ、育む」(『歎異抄』第四条)という、優しい心、温かい心、深い心です。そういうのが慈悲の心です。現代人には、真の愛といってもいいかと思います。つまり、儲けや損得の、欲に絡んだ愛ではなくて、相手のことを本当に思い、相手のために命を捨ててもかまわないと、そういう真の愛、それが慈悲です。いのちは、そのような慈悲を示すのです。
(無量寿・無量光 14頁11行目~14頁18行目)