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Home トップページ  >  今日の法話  >  6月21日(火) 毎朝のお経と法話の会 (正信偈)

6月21日(火) 毎朝のお経と法話の会 (正信偈)

正信偈唱和


歎異抄


歎異抄・第二条

一 おのおの十余か国のさかいをこえて、身命をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御こころざし、ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておわしましてはんべらんは、おおきなるあやまりなり。もししからば、南都北嶺にも、ゆゆしき学生たちおおく座せられてそうろうなれば、かのひとにもあいたてまつりて、往生の要よくよくきかるべきなり。親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。そのゆえは、自余の行もはげみて、仏になるべかりける身が、念仏をもうして、地獄にもおちてそうらわばこそ、すかされたてまつりて、という後悔もそうらわめ。いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈、虚言したまうべからず。善導の御釈まことならば、法然のおおせそらごとならんや。法然のおおせまことならば、親鸞がもうすむね、またもって、むなしかるべからずそうろうか。詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなりと云々

本日の歎異抄・第二条 講義文

相応というのは、どういうことでしょうか。「函蓋相承」という言葉があります。蓋と函がぴったりかなう、それが相応ということだと、曇鸞大師はいっておられます。

「与仏教相応」は、たとえば函蓋相承するがとしとなり。

お茶を入れる急須も、蓋と器の部分が一致していなければ、お茶が入らないのです。蓋は、器があってこそ蓋の役をする。器は蓋があるおかげで器の役をするのです。茶筒もそうです。茶筒は蓋の部分と器の部分とがぴったり一致して、抜くときにスッポンという音がするくらいでないと、中のお茶の葉が湿気てしまいます。そういう函と蓋がぴったり一致した関係が相応です。師匠の仰せと、仰せを蒙って信ずる自分自身がぴったりと一致する。ここに、師匠と自分自身との出遇いが示されているわけです。

(念仏して地獄におちたりとも 51頁16行目~52頁7行目)

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