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8月7日(月)毎朝のお経と法話の会

歎異抄


歎異抄・第九条

一 「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」と、もうしいれてそうらいしかば、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よくよく案じみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもいたまうべきなり。よろこぶべきこころをおさえて、よろこばせざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫とおおせられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときのわれらがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。また浄土へいそぎまいりたきこころのなくて、いささか所労のこともあれば、死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだうまれざる安養の浄土はこいしからずそうろうこと、まことに、よくよく煩悩の興盛にそうろうにこそ。なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきなり。いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあわれみたまうなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じそうらえ。踊躍歓喜のこころもあり、いそぎ浄土へもまいりたくそうらわんには、煩悩のなきやらんと、あやしくそうらいなまし」と云々

本日の歎異抄・第九条 講義文 念仏していても喜べないし、お浄土に往きたいという気持ちがないということが、唯円の中では、大きな悩みになっていたのだと思います。私たちも、こういう質問というか、疑問が出てくることがあると思います。こういう疑問が湧いてくるときに、私たちはどうしているかというと、こういう心が起こってきてはいけない。やっぱり気合いを入れて、もう一回お念仏に立ち返るんだ。あるいは、やっぱり願生浄土だと、ここに奮い立たなければいけないというように自分を押さえつけて、あるいは自分を奮起させて、それで気合いを入れてお念仏するというようなことが、私たちの態度ではないかと思います。そういうことを、唯円もやっていたかもしれません。しかし、やはりどうしてもそうならない。一体どうしたらいいのかと、思い切って質問されたのです。私たちにしてみると、お念仏しても踊躍歓喜の心が疎かであるということや、また早くお浄土へ参りたいという心がないという問題を、このように率直に親鸞聖人に打ち明けてくださった人がいるということは、大変にありがたいことだと思うのです。よくぞ聞いてくださったなあと感じるのです。

(よくよく案じみれば 240頁12行目~241頁3行目)

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