【本文】『歎異抄』 -第七条-
一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【解説】 法蔵館『歎異抄講義』上巻・三明智彰著
脅しの次に何がきたかというと、今度は優しい、美しい女性の姿になって、誘惑してきたというのです。釈尊は男ですから、「行者さん、そんなに苦労しなくても、世の中にはいっぱい楽しいことがあるでしょう」と、良い香りを漂わせながら、何人も何人も、「もう修行はおやめなさい」といって、寄ってきたのだそうです。釈尊は「じゃあそうしようか」と鼻の下を伸ばしたのではなくて、「下がれ悪魔」といわれたそうです。最初は脅しで、次には誘惑する。「おまえの本体は怠けるという心だ。私は絶対にさとりをひらくまではこの座から動かない」といわれたのです。脅しと誘惑の魔が、現れてきたのだけれども、釈尊は悪魔を降伏させたということで降魔といいます。
(降魔 189頁1行目~189頁7行目)