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2024年06月
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ママ、抱っこして   お見舞いに来た女の子

ママ、抱っこして 
    お見舞いに来た女の子

私は今年の三月に腰椎の手術をしました。そして術後二日目に病棟でこのようなことがありました。
この日は午後も離床できずにベッドで「静養」をしていたら、幼い女の子の声が聞こえて来ました。私は隣の談話室で、幼児を連れた人が面会に来ていると思いました。幼児の年齢は話し声からすると、三歳ぐらいの感じがしました。
幼児の会話から母親のお見舞いにおばあちゃんと来たようでした。暫くして談話室に母親が来たようで、幼児の走る音が聞こえて、「ママ、抱っこして」と、幼児は何度もおねだりをしていました。
しかし母親は抱っこをしなかったようで、幼児は泣き出してしまいました。私は幼児の母親は手術直後で抱っこが出来ないのではないかと思いました。
幼児は何故母親が抱っこをしてくれないのか、理解が出来なかったのでしょう。そしておばあちゃんは「ママは腰が痛いからおばあちゃんが抱っこしてあげるからね。ここは病院だから静かにしてね」と話していましたが、幼児には伝わらなかったと思います。
そして暫くして入院患者のAさんの声が聞こえて来ました。きっと幼児の泣き声を聴いて、病室から出て来たのでしょう。Aさんはおばあちゃんにこのように話していました。
「お嬢ちゃんのおばあちゃんですか。申し訳ございませんが、手を貸して欲しいのです。この椅子をお母さんの車椅子の隣に並べて、お嬢ちゃんを座らせてくれませんか」と。
すると椅子を移動する音が聞こえてきました。そしてAさんの話を聞いていると、幼児の母親より年上の女性のように感じました。そして次にAさんは母親にこのように話しました。
「腰の手術をしたから暫く抱っこは無理ですよ。お嬢ちゃんはまだ理解できないし、また初めて来た病院は不安でしょうからね。家のような雰囲気になればきっと安心すると思いますから、家でお嬢ちゃんにお話をしているように話してみて」と。
私はAさんが言葉をかける相手は幼児だと思っていましたので驚きました。また、Aさんご自身も既に手術をしたのか分かりませんが、抱っこが出来ないママの悲しみに寄り添い、共にあろうとしていたのではないかと感じました。
幼児にとって、母親に抱っこをしてもらえないのは悲しいことです。しかし抱っこできない母親の気持ちはそれ以上に悲しかったのではないかと思います。それから幼児は泣き止んだので、病院の雰囲気にも慣れたのかも知れません。
さて、Aさんとおばあちゃんは異なる人格者であり、また、関係性も異なります。幼児は異なる二人の世界の中にそれぞれに存在していました。また、『仏説無量寿経』(真宗聖典六十八頁)には、「心口各異(しんくかくい)、言念無實(ごねんむじつ)」とあります。「心と口は違い、言うことと思うことには実が無い」という教えです。
この日は幼児の「抱っこ」の問題でしたが、これが人生の根本的問題の場合、その時々のご縁に因っては、考えや意見が首尾徹底できなくなるのが私なのです。
だからこそ阿弥陀様は、どのようなご縁に因っても決して変わらず、えらばず、嫌わず、見捨てずに、その問題を仏自身のこととして救済する「同体大慈」を回向せずにはおれなかったと思います。
私はこの日の「静養」がご縁となって、病棟の「静」かさの中から、聞こえて来た会話を「聴」いていたら、人間の慈悲の問題が「聞」こえて来て、改めて問題を聞思する心を「養」わせて頂いた「静養」となりました。病院のベッドの上が「聴聞」の場となったひと時でした。
船橋昭和浄苑支坊 加藤 順節

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