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2022年06月
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やり直しのきかぬ人生であるが見直すことができる   金子 大栄

金子大栄師(1881年~1976年)は日本の明治~昭和期に活躍した、仏教思想家であり、真宗大谷派の僧侶です。私たちの日常生活を見てみますと、私は私の力で生きてきたんだ。誰のおかげでもないと勝手に思い込んでおる人がおります。仏教も自分を飾る教養の一つとしてながめていた人が、真実の教え御法にふれた時、ひとたび外へ向っていた眼が、内側に向けられ、今まで自身に充ちていた生活の足どりが一転してぐらぐらと揺れ動くようになることでしょう。気づいてみたら、腹をたてている時でも、悲しみに打ちひしがれている時でも、眠っている時でも、私に休みなく心臓が脈打っているではないか。私が忘れていても体は規則正しく呼吸して私の命を支えてくださっているではないか。生きている、という事は決して私の力ではないのです。病気が治った事も、健康でいられる事も、みんな自分の力ではないのです。結局は生かされている尊い我が身なのです。よくよく胸に手をあてて考えてみれば、みんなおかげさまなのです。そのことがわからなければ、病気になったのも、仕事がうまくいかない事も、相手のせいだ、世の中のせいだ、と他に責任転嫁するより仕方がないのです。しかし、そこからは何も生まれてはこないし学ぶ事もできないのです。憎しみ、怨みの感情でますます暗い心に沈むだけなのです。

親鸞さまは、その認めたくない現実を無理なく引き受けていける道をあきらかにされているのです。ただ南無阿弥陀仏ととなえよと。しかしそれは決して、腹が立つ、困った、悲しいといった気持ちを、念仏して消し去ってしまう道ではない。何ともならないままに、傷つくことを恐れずただ念仏して、生かされて生き抜いてきた人生だったのでしょう。ここに、「やり直しのきかぬ 人生であるが 見直すことが できる」と頂けるのではないでしょうか。いつでも自分をかっこよく見せるために言いわけしたり、愚痴をこぼさずにはいられない私が、そのまま南無阿弥陀仏ととなえて生きていけるのです。諸行無常の道理の中に生かされながら、かけがえのない命を生涯聞法に身を委ね人生完成に向けた歩みをしてまいりたいと思うのです。

船橋昭和浄苑  黒澤 浄光

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