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2022年05月
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「戦争なんて、始めてしまえば どちらにも正義はありません」 『ある従軍看護婦の半生』より

1920年(大正9年)、一編の童話が発表されました。小川未明の『野ばら』です。未明は「日本児童文学の父」あるいは「日本のアンデルセン」と呼ばれた作家です。

『野ばら』の童話は、国境の石碑を守るために、大きな国と、それよりは少し小さな国から、それぞれ一人ずつの兵士が派遣されるところから始まります。二つの国の間は、なにごとも起こらず平和でした。国境には一株の野ばらがしげっています。大きな国の兵士は老人、小さな国の兵士は青年でした。ほかに話をする相手もなく退屈だったので、いつしか二人は仲良しになりました。青年は老人から将棋を教えてもらい毎日、将棋を差すようになります。二人は将棋盤の上で争っても、心は打ち解けていました。やがて二つの国は何かの「利益問題」から、戦争を始めました。青年は戦地に赴き、老人は一人残されます。あれから日がたって、そこを旅人が通りました。老人は戦争について、どうなったかとたずねました。すると、旅人は、小さな国が負けて、その国の兵士はみなごろしになって、戦争は終ったということを告げました・・・。

この作品が発表される前年、大正8年に生をうけた方のお葬式が、本日お寺でしめやかに執り行われました。行年102歳です。

1932年(昭和7年)に高等女学校に入学され、救護看護婦養成所を経て「日赤救護看護婦」となられました。1941年、日本は戦争中であったので、卒業と同時に赤紙が手元に届き、中国の湖北省の武昌へ「従軍看護婦」として赴任されました。もちろんお断りすることはできましたが、自分が中国に行くことを決心したのは、日赤の卒業生としての意地と、お国のためという愛国心が少しはあったのかもしれませんと、当時を振り返って語られています。

本日のお葬式を迎える7年前、96歳の時、「看護婦」として生きぬいて来られた今日これまでに至る半生を、お寺として、どうしても後世に残し、その願いを伝承していきたいのでお話を聞かせてほしいと半ば強引にお願いしたところ、ご無理を申し上げたにも関わらず、快くご承諾くださいました。感謝の極みです。

その人生の歩みが『ある従軍看護婦の半生』として一冊の本となりました。まとめとして語られていたのが、「戦争なんて、始めてしまえばどちらにも正義はありません」というお言葉です。そして「これからの日本が心配でなりません」と続いています。一人の命を救うために、自らの命をかけて戦地に赴いて行かれた人だからこそ言える切実な願いと祈りのお言葉ではないでしょうか。

巻末には直筆で次のように綴られています。

 

みんなが私のことを大切に

してくれるので幸せです

健康で家族仲良く

暮らしてください

 

人間が争うことの無益、愚かさを憂い、これからの日本を心配しつつ、人を大切にする心と大切にされる幸せに感謝して、なによりも家族の平和と健康を願い続けた「母」の生涯に学ぶこと、このことが、これからを生きる私たちに与えられた大切な課題ではないかと思うのです。

今こそ

「世のなか安穏なれ 仏法ひろまれ」と願われた親鸞聖人の大悲の叫びを聞かずにはおれません。

南無阿弥陀仏    江戸川本坊 大空

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