「縁ある人を大切に」
〜故内野はま遺言より~
今回は、今から四十数年前に、私がこの世に生を受けて以来、聞き伝えられてきた言葉を紹介します。私の生後一ヶ月で亡くなった父方の祖母、「法名眞海院釋尼妙光、俗名はま、昭和五十八年命終、行年六十二歳」の言葉です。
「どんな人でも食べ物さえ困らなければ、少しでも心が満たされていれば、悪いことはしないから、自分の縁ある人が困っていたら必ず施すことを常に考えてください。」というものでした。
戦前戦後の混乱の中で、家族を養うだけでも大変なのに、親戚の面倒を見たり、常に周りの人のことを考えていたのは、他人ごとにはできない強い思いがあったからだそうです。
現代を生きる私たちにとっては、物にあふれ、思いのまま手に入れることが当たり前という中で、物がない困難な時代を乗り切った祖母の言葉は、あまり響かないかもしれません。しかし、仏教を学ぶ立場になった今、他者と自分が共に救われることを願うことが仏様からの促しであると感じ、その中で思い浮かぶのが、
親鸞聖人の正信念仏偈の中にある「大悲無倦常照我」という言葉です。
ここでは、如来の大悲が私たちを包み込んでくれていることがうたわれています。私としては、仏となられた祖母が残してくれた大悲の教えだったのではないかと受け止めています。
激動の時代を生きた方々の言葉は、私たちの根底にある「思い通りが当たり前」という精神に一石を投じてくださいます。
現在、私は仕事の合間をぬって講座などの食事を作るご縁をいただいていますが、自宅で作ったものを同僚に振る舞うこともあります。料理を振る舞うことが知らず知らずのうちに趣味になっていたのですが、その根本をよく考えてみると、それは祖母の言葉が私の中で生き続けているからだと思います。
最近思うのは、自分を始めとして目の前の我欲の充実のために一喜一憂するのが当たり前の状況に虚しさを覚え、日本人の根底にあった助け合いの精神を取り戻したいという思いが日々増してきていることです。それが今の自分の思いとして行動する原動力なのかもしれません。
話は変わりますが、私は現在二匹の猫と暮らしています。元々は公園の野良猫だったのですが、たまたま通りかかった際に目が合い、全力で駆け寄ってきたので、自宅に招いて以来のご縁で今も共に暮らしています。明日食べるのにも困るありさまだった猫たちを放っておけず、そのままご縁を結んだのも何かの因縁でしょうか。祖母が生前、自宅に今いる猫とそっくりの子がいたというのも不思議な感覚です。
現在私の心情は、祖母の言葉が生きているからこそ、猫に餌を与えることも職場の仲間に料理を振る舞うことも違いはないと思っています。コロナ禍といわれる世の中にあって、理想と現実がかみ合わないことも時にはあるでしょう。自分を守るのがやっとなのかもしれませんが、常に周りの人も自分も幸せであることを願い行動したいと、弥陀の本願から学ばせていただこうと、「二十八日さま」を通じて思っています。
江戸川本坊 内野瑞覺