高光一也先生は、私たちが話す言葉は、「時」の無い話だと言われた。それは「そんでも、そやけど、あいつが、こいつが」と、愚痴やうわさ話などで、今の私自身に戻って、生活を省みる話をしないからだ。
反対に「時」のある話しは、仏さまの話しと言われた。それは「私は何処から、何をする為に生まれたのか、そして何処に帰って行くか」と、今の私自身に戻って、生活を省みる話だからである。大切な事は、一度でも真剣に話し合った事が有るか、無いかであろう。
さて、私が会社員で二十代前半の頃、病気で入退院を繰り返した。そして死を身近に感じ、「死んだらどうなるか」と、宗派に囚われる事無く聞きに行った。しかし何も分からなかった。そしてある夏の日、東本願寺の総会所で出会ったお坊さんとの話しがご縁となり、後に大谷専修学院に入学するに至った経緯を聞いて戴きたい。
「君は若いが、元気が無いな。何か悩みがあるの?」「はい、膵臓が膵臓を溶かす病気で一年程入退院を繰り返し、最近死を身近に感じて不安です」「死が不安か?」「そうです。死んだらどうなるか、死は他人事でしたから」「なるほど」「ところで君は何処から来たの?」「東京です」「そうじゃなくて、君は何処から生まれて来たのかね」「母親のお腹です」「それは分かっている」「分かっていたら聞かなくても良いでしょ」「私が聞いているのは、君のいのちそのものが何処から来たのかと言う事です」「そんな事、分かりません。ただこの様に人間になっていました」「君は始めから人間になっていたのか?」「そうです。誰が見ても人間でしょ」「そうか」「そうかって、どう言う意味ですか?」「外見はね。ところで君は何をする為に生まれたの?」「そう難しい事を聞かれても返事に困ります」「君の悩みを聞いているのだから、君が思う通りに話してごらん」「はい」「君が死んだら何処に帰るの?」「それが全く分かりません。何処から来たか、何処に帰るかと聞かれても」「君は誰なの?」「誰でしょうか?」「私に聞いてどうするの。君は迷子だね。迷子ならどうする?」「必死で誰かに聞かないと」「そうだ、聞くと言っても、誰でも良いとはいかない。道に迷ったらその道に詳しい人に聞くべきだろ。君が本気で聞くのであれば、近くに東本願寺の学校があるから行ってごらん」この様な経緯を得て、後に大谷専修学院に入学したのである。
あれから三十年程経った今、あの時の僧侶から「貴方が迷子のままで、今、いのちが終わったら、そのいのちを生きていた貴方は誰だったのか」と、問われたお陰で、学院で仏さまの話を聞く生活を始める事が出来た。そして初めて死ぬ事を問題にしていた私は、今、いのちがある事が有難いと気付かされた。それは死して行くいのちを今、まさに戴いておりながら「そんでも、そやけど、あいつが、こいつが」と今の私に戻る事が無かった生活を、仏さまは、「空しく時が過ぎているぞ、取り返しが付かないぞ」と教えてくれたのである。だからこそ今、私たちの生活を真剣に省みる必要がある。先生はその為に、仏さまの話しを聞く人になれと勧めている。私は掲示板のテ-マに呼応するには、「習慣化した生活のリズムを先ず変える事。そして仏さまのお話しを聞く生活を始める事」を心の持ち方の「要」としなければならないと思う。
船橋昭和浄苑 加藤 順節