私は昨年、仏教発祥の地であるインドに行く機会を得ました。釈尊の遺跡には、外国人の参拝者や観光客が多く訪れます。体の不自由なお年寄りや赤ん坊を背負った母親、身寄りのない子供達が裸同然の貧しい身なりで、施しを求めて大勢集まってきます。私もそれに対して可哀そうに感じ、施しの代わりに彼らの販売するお土産を購入しました。また、一度購入をしたり、施して次から次に人が集まってくることを学ぶと、それからは、彼らの求めをはっきりと断るかのどちらかでした。やせ細った赤ん坊を抱いている若いお母さんをみて、うちの2歳の娘は日本に生まれたことでいかに恵まれているかと感じ、どこかに心苦しい思いを抱きました。
ともに参加した三明先生から仏跡にて法話をいただき、「インドの人々の多くは、どれほど貧しくても宗教を大切にしている。どれほど富を得ても、その要になる宗教がなければ幸せとはいえないのではないか。」と聞きました。 どれほど富を得ても、生きる宗がなければ、富に振り回されて悩みの種が増えるだけです。釈尊は王子の位を捨てて出家し、どれほど富があっても、根本的な苦悩の解決にはならないことを明らかにされたのでした。しかし私は幸せを求めながら、その要になる宗を忘れ、業に苦しみ、欲に追われて生活しています。
仏教が興起し流伝した根底には、人々の業の願いがあります。解決が出来ない業の悩みをもって生きる人々の声が、釈尊を求めました。この苦悩の声を、どうにかして救われたいという要請として釈尊は受けとめ、さらに私を救わずんばおかぬという阿弥陀如来の本願として明らかにされました。
私はインドの人々を貧しい別世界の人として遠ざけていました。しかしインドの人々と私は、生きることの苦しみという同じ大地を生きる仲間であり、この人々の歴史が日本にまで仏教を伝えた諸仏の歴史だと感じます。
私が苦悩するのはなぜか、この苦悩に対して釈尊はどのように教えているかを身をもって伝えてくれた人々がいます。そして阿弥陀如来は私を決して見捨てないという教えを伝えてくれた人々の歴史があります。それを無視して、生きることの苦悩に真向かいになった釈尊や人々の願いを遺跡にしてよいのかが問われています。
住職 井上城治