この言葉は著者アレン・ネルソン氏の「「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」」(講談社文庫 二〇一〇年発行)という本の言葉です。
この本にはアレン・ネルソン(一九四七年~二〇〇九年)の生い立ちと、自身がアメリカ軍の海兵隊としてベトナムの戦地に赴いた経験談が語られています。
本は、アレン・ネルソン氏が戦地から生還したが、戦地での経験が悪夢となり、壊れてしまった姿から始まります。その苦しみをかかえて街を歩いているネルソン氏が、ある日、高校時代の同窓生で小学校の教師をしているダイアンに声をかけられます。彼女はそんなネルソン氏に「わたしの生徒たちにベトナムでの体験を話してくれない?」と依頼します。
最初はその依頼を断るネルソン氏ですが、決心をし、ダイアンが担当する小学四年生の教室に赴くのです。
ネルソン氏は「一九六五年にわたしは海兵隊に入りました。そしてベトナムに行きました」と語り始めます。ネルソン氏は子ども達の前でベトナムの蒸し暑いジャングルの話や「アメリカ兵が何万人も死んだ」「アメリカ人の戦死者よりも多くのベトナム人が同じジャングルで死んだ」という事などの悲劇を語りました。しかし、ネルソン氏は自分の行った事は一切語りませんでした。
話が終わり、子ども達から質問の時間となりました。子ども達は「どんな銃を使うのか?」「どんな訓練をしたのか?」などの質問が出る中、一人の小柄な少女がネルソン氏に質問をするのです。その質問は、ネルソン氏の人生において、運命的なものになったと本で述べられています。
少女はネルソン氏をまっすぐに見つめ、
「ミスター・ネルソン
あなたは、人を殺しましたか?」
と聞いてきたのです。
この質問にネルソン氏は言えずに目をつむります。目の前に暗闇が広がったその時に、ネルソン氏はベトナムではじめて自分が殺したベトナム人の死体の姿がうかびあがります。自身の最初の殺人の記憶は瞼の裏にはりつき消えず、自分が壊れる本になっているという現実が、急に訪れてきました。またネルソン氏はこの質問に正直に答えることで子ども達から自分が「殺戮者」と言われる事を恐れました。長い沈黙の中で、ネルソン氏は教室からいまにも逃げ出したい気持ちを抑えて「YES」とはっきりとつぶやきました。
その瞬間、ネルソン氏は質問してきた少女が自分をどのように思ったのか恐ろしくなり、目開けられませんでした。暗闇の中でネルソン氏は温もりを感じます。目を開けると、質問してきた少女が、ネルソン氏のおなかを小さな手で抱きしめていたのです。少女は涙いっぱいの眼で「かわいそうなミスター・ネルソン」とネルソン氏の為に泣いていたのです。その姿にネルソン氏も自然と大粒の涙が流れたのです。
この体験を通してネルソン氏は「戦争の悲惨さ」から逃げるのではなく、語っていく事が自分の為であり、また他人の為にもなると決意します。その後、ネルソン氏は講演を通し平和の大切さを訴える生涯を送るのです。
私はこのネルソン氏の本を通して「仏説無量寿経」で説かれている
国豊(ゆた)かに民(たみ)安(やす)し。兵(ひょう)戈(が)用(もち)いることなし。
「真宗聖典」七八頁
という極楽浄土では国や民が豊かになるのに、槍や刀などの武器を用いる必要が無いという教えを思い出します。このことから、常に傷つけあっている私達の世界で、兵器を用いることの無い平和を、今一度見つめていきたいと思うのです。
證大寺森林公園支坊 目﨑 明弘