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Home トップページ  >  今月の法語  >  欠けているから、愛おしい。 映画監督 庵野秀明

2021年07月
欠けているから、愛おしい。 映画監督 庵野秀明

これは映画監督庵野秀明さんの言葉になります。

その言葉の背景には、「いつも何かが欠けていた」という庵野さんの子供の頃の経験があるそうです。

父親は事故で片足を無くしていたそうです。またその事がきっかけとなったのか、いつも身体の一部が壊れて取れているロボットの画を書いていたそうです。映画監督になった今でも描く主人公やキャラクターに欠けているものがあると述べます。それは性格や見た目、行動の中に何かが欠けており、庵野さんはそこに愛おしさを感じているそうです。

 

 

完璧な人はこの世にはいない。

社会や仕事場、家庭など失敗をすると他人に攻められ、完璧でいることを求められることが、日常の中で目撃することがあります。誤った行動や発言をすると徹底的に批判され、仕事で失敗すると出世はできず、挑戦する扉は閉ざされる。このような様子は当たり前のように繰り広げられているのではないでしょうか。

以前、「夏休みお坊さん修行」において、大人が経験した失敗談を話すという事を行いました。それは子ども達が失敗を恐れるあまり、行動や挑戦を避けているという意見を聞いた事が始まりです。時には間違った言動をしてしまったり、失敗したりすることは、どんなに立派な大人でも必ずあるということを伝えるためでした。そもそも生きていく上で、完璧に振る舞う必要がないということや失敗を繰り返すことは、人間に生まれた限りつきものなのです。

 

 

人間は、煩悩具足の凡夫である。

自分自身を顧みると、私の人生は失敗や悩み、苦悩の連続であることに気づかされます。

思い通りにしようにも何もならず、失敗したことやストレスを抱えて嫌になり逃げ出したこともあります。何でも思い通りにしたいという「我執」や欲にまみれ、愚痴がこぼれ、怒りに変わっていく「煩悩」このような身を煩悩具足の凡夫と言います。人は生まれながらにして、我執や煩悩を抱えており、聖人君子にはなりえないのです。では、どうすれば煩悩具足の凡夫である私が救われる道があるのでしょうか。

私は煩悩具足の凡夫を救おうと立ち上がった阿弥陀仏の本願と、その願いをいただき救われる親鸞聖人の姿に学びたいと思います。

 

本願力にあいぬれば

むなしくすぐるひとぞなき

功徳の宝海みちみちて

煩悩の濁水へだてなし(真宗聖典490頁)

 

仏法を聴聞して自分自身の姿に気づかされると同時に、この身このままの自分を救ってくださる阿弥陀仏の願いによって、悩み苦しみの中でも虚しくない、満足して生きていくことができる道が開けてくるのです。

私は「欠けているから、愛おしい」という言葉に、阿弥陀仏が私にかけてくださる大いなる慈悲を感じ、仏法を聴聞しながら迷いながらも安心して歩んでいける道をいただくことが出来るのです。

證大寺江戸川本坊 樋口史門

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