ジョン・F・ケネディ
平成25年師走のテーマは、年間テーマである八相成道の最後の相「入滅」である。入滅とは生命が尽きて涅槃に入ること。死ぬという、我々がいつか必ず迎えなければいけない絶対の道理である。今月は死を迎えるということをケネディ大統領の言葉を通して考えてみようと思う。
「人は死ぬかもしれないし、国は興亡するかもしれないが、理念は生き続ける。」
ケネディ大統領は20世紀生まれの最初の大統領であり、カトリック教徒として、現在までで唯一の大統領であり、アイルランド系アメリカ人として初の大統領であり、ピューリッツァー賞を受賞した唯一の大統領でもある。
また、キューバ危機やベトナム戦争など多くの歴史的事件の中、ニューフロンティア政策や、外交など明確な理念のもと強いリーダーシップを発揮した。ケネディ大統領の施策は後のアメリカ社会、ひいては世界中に大きな影響を与えている。
そして、我々が知っているケネディ大統領といえば、オープンカーで演説パレード中に暗殺されたということだろう。
にこやかに手を振っていた次の瞬間、突然死を迎えたのである。この映像は日本でも生放送されており、今でもしばしば放送されるのでどなたも一度は目にしているのではないだろうか。
冒頭の言葉は、大統領自身自分の死を知って発したわけではない。だから、「人は死ぬかもしれないし…」という言葉ではじまるのだ。死を迎えることは逃れられない事実であるけれども、しかしその内実(いつ、どこで、どのように…)を正確に知ることはできない。そして、そもそも死という事象そのものがわからない。
ゆえに我々は死に対して恐れ、苦悩する。ただ、数多と生死を繰り返してきた人間の歴史を経てはっきりとわかることは、大統領の言葉を借りれば「理念は生き続ける」ということではないだろうか。親、先祖の願いや師(先生)から弟子(生徒)への相伝など、私利私欲の思念は淘汰され、真の道理や願いのみが相続される。
上述の通り、ケネディ大統領の理念は今なお生き続けている。
それでは、私は仏教徒の先生であるお釈迦様から伝えられていることは何かということお釈迦様の人間としての一生から我々は諸行無常の道理を教えられるのである。『涅槃経』であきらかにされるのは、有限のいのちという免れることのできない諸行無常の事実であり、だからこそ本当に大切な事は何かということ。
「汝らは自らを灯明とし、法を灯明として、怠ることなく精進せよ」
他をあてにせずわが身を振り返り、真実の仏法をたよりにしなさい、とは、お釈迦様の遺言である。自分が人としてこの世に生まれた本当の意義をたずね続けることで、真の理念に出遇っていくことこそ大切なことであろう。