新年のともしび掲示板は、暁烏敏(あけがらす・はや)先生のことばを紹介いたします。
暁烏敏先生は、明治十年七月十二日、現在の石川県白山市にあります、真宗大谷派明達寺の長男として生まれ、後に清澤満之(きよざわ・まんし)先生の弟子となり、親鸞聖人の念仏のみ教えを世に広められました。
暁烏先生はとても母親憶いの先生でした。先生が四十七歳の時に、お母様がお亡くなりになられましたが、この時先生はお母様のご恩を憶い出しながら、「こういうこともあった」「こういうこともしてくれた」と、お
母様を憶う歌を三百七十首作られました。その中でも
この歌は他の歌とは異なり、先生のお体をこの世界に産み出してくれたことから始まり、しかも「われにいみじき」と結ばれているところに味わいがあります。「いみじき」とは善と悪に対してもいうことばですが、この場合は「素晴らしい」「最高だ」という意味です。今この歌を聞かれた皆様方は、どう感じましたでしょうか。心から生まれて良かったといえるでしょうか。
さて、私共は皆、気が付いたら生まれていたのです。そしてこの身の人生を好むと好まざるに関わらず、自ら歩んで行かなければなりません。その人生が充実している間は、人生に行き詰まりを感じないものですが、外縁に因って状況が変わり、不都合なことになると、行き詰まりを感じるようになります。場合によっては「何で俺を産んだのか」「生まれて来なければ良かった」という愚痴へと変わることもあります。又、このような愚痴は、相談する相手がいる人であれば、解決出来る場合もあるでしょうが、そういう相手がいない人や、助言の内容が一般的でしたら、かえって深刻な事態を招くことにも有ります。ですからこれらに呼応出来るのは釈尊の念仏の教え、即ち事実を事実として見て行く謙虚な心を回復させる、念仏の教え以外には
呼応出来ないのです。又、私共が人生に行き詰まりを感じる時は、決して現前の事実だけで感じることなどはありません。実はその事実を受け止める思いによって、拒絶反応が起こる為に感じるのです。その拒絶反応が強くしかも人の話を聞く耳を持たない人は、その思いから早く逃げたい為に、教えを聞かず心を閉じ、事実をよく見ないで眼を塞ぎ、最後は自己執着から離れられずに孤立して行くのです。そういうことが何時でも私共の人生の中では起こり得ます。先程、助言の内容が一般的と申しましたが、私共の意思は真の道理に暗い為に、全ての人と関係を持ちながら、自己と他者とを常に比較し、他者を排除しながら、しかも自己の立場を存続させようとする差別性から生じている意思です。そして自分がこの世界に生まれる迄の歴史を顧みますと、量り知ることが出来ない時間と、人を経て、自分の番として産み出されたのがこの身です。その量り知ることが出来ない人とは、両親を始めとして、遠くは祖先(先祖)です。その多くの祖先の存在も知らず、しかもその中の誰かの人の意思が、自分の意志の大半を形成しています。それを一般的には遺伝といいますが、仏教では生まれながらに人に具わっていると書いて「倶生(くしょう)」と教えています。ですから自分の中に限りなく矛盾するものがあり、それが意思となって涌いて来る。そしてその涌いてきた意思に苦しむのです。ですから念仏の教えに自己を聞いて行かない限り、事実を事実として見て生きて行くことが出来ず、自分に執着したまま生きて行かなければ成らなくなります。そして祖先の流転の責任を解決することも出来ないままに、執着心そのままの私共の意思が、未来に生まれて来る誰かの人の倶生と成って影響を与えて行くことになります。即ち私共の誕生は、過去、現在、未来に影響する身として誕生したのです。そして「執着心の原因を知り、何処までも事実に従って生きよ、謙虚な心を回復せよ」と願われ続けてられて生まれて来た身です。その自覚のことばが先生の歌われた「われに尊きわれ」なのです。それは又、私の中に私を超えた尊いものがありながら、気付かないでいた身を気付かせてくれたお母様や師に対しての感謝のことばが「われにいみじき」なのです。
船橋昭和浄苑 加藤 順節